CALM

伊袂つうの個人日記。

センチメンタル北ティア

ふと。ツイッターのフォロアさんが次回の北ティア(北海道コミティア)への参加を検討しているツイートをされているのを見て。開催何回目になるのかな、と公式ホームページを尋ねてみたら。

2018年6月17日で8回目になるのですね。
ひとつのイベントを継続して山も谷もある中で開催を継続されるのは本当にすごいことだと思います。おめでとうございます、というだけでは本当に言い表せないほどの尊敬をしています。
北ティアについては1回目~3回目までは参加させていただいて、読書会だー有志企画だーライフワークだーと散々息巻いていたのですが。結局のところ直接参加も読書会開催も三回しか出来てなかったことが今でも心に引っかかっています。北海道の創作を盛り上げていこう!と当時は本当に思っていたし、創作が好きだからちょっとの無理も全然平気、コミティアのためになるなら喜んで。そういう盲目的な意欲が私の行動力の全てでした。

最後の読書会が2016年の3月13日。凡そ二年前。
事実上、私の創作に関する活動が終了した日です。
16年の年明けからゆるやかに下った創作意欲と体調不良は、読書会の開催を持って「告知した最後の約束」の履行となりひとつのゴールを迎えました。
やるべきことをやりきった、とはとても思えない終点。
でも次のことは何も考えられませんでした。体力的な不安、経済的な不安、読書会運営の不安。いろんな不安を抱えながらの活動は当時の私には難しいものでした。テイよく言い訳をして投げ出した。だからこそこんなに今でも燻っているのかもしれません。

誰に頼まれたわけでもない。やめたいならやめればいいし、やりたいならやればいい同人の世界の中で。誰かの役に立ちたいと思ってしまった。あわよくば何かを変えられたらいいのに、トリガーになれたらいいのに。
でも。そう思うにはあまりにも献身が足りなかったと思います。
石の上にも三年、とはいったもので。例え、読書会の運営が上手く行かなかったのだとしても。黙って続けるべきだった。北ティアのあとは函館でも見本誌が読めるのだ、ということを浸透させるにはあまりにも短すぎた期間。偉そうにパンフレットへ読書会の記事まで寄稿したというのに、その次の読書会で終了してしまうことをとても恥ずかしく感じて、創作に関する意欲を保てずに崩れてしまいました。

最後までやれないならやるな、という自分の信念を自分で折る切なさ。
なんてダメな大人なんだろう、なんて恥ずかしい大人なんだろう。
もう二度と北ティアには参加できないな、恥の上塗りになっちゃうな。
そういう気持ちがずっと心の中にありました。今でもそれは変わりません。

週末。パスワードの整理をしていて。
一冊書店のIDとパスワードを見つけました。
WEBはアカウントを削除していないのでまだ健在でした。
これを作っていた頃は楽しかったし、皆にも楽しんで欲しいと思っていたな。
色んなことを思い出しました。

二年前に戻れないし、その取り返しを今からすることもできないけど。
北ティアを本当に好きで応援したいという気持ちがあったんだ、それには嘘がなかったんだ、ということを。今夜猛烈に誰かに伝えたくなってしまいました。

新しいことにチャレンジするということがどんなに果敢なことで、それを継続することがどんなに大変なことかを知っているので。今後無理の利かぬ私は軽率なことをせずに後悔少なく生きて行きたいと思う深夜であります。

 

ただ。
一般では参加したいなって気持ちはありまして。
6月予定が合えば行きたいなって。
まだ希望だけですが。久々にイベントの空気、吸いたいです。